『鋼鉄都市』シリーズの感想

はじめに

鋼鉄都市』から連なるロボットシリーズ三部作を読んだので、感想めいたよしなしごとをつれづれなるままに書いておく。アイザック・アシモフ先生、最高にエキサイティングな読書体験をありがとうございます。

 

これは三作目の『夜明けのロボット』の解説がごく個人的な逆鱗に触れちゃって、だ、だいなしーっ!!になっちゃったので、後々この本のことを思い出したときに、楽しかった記憶のほうを勝たせておきたいがために書いている。ゆるさじ。

 

 私が読破したのは『鋼鉄都市』『はだかの太陽』『夜明けのロボット』だけで、短編やそれ以降の続編は未読だ。(調べたらあと一つの短編と一つの長編しか無いらしい。本気の駄々をこねている)その三作品について、作品ごとにざっくりした感想やとりとめのない考えを書いていくことにする。

 

 

 

***  以下、とてもネタバレ   ***

鋼鉄都市

 三冊を読破した今にして思うと、「すべてはここから始まった!」という金字塔的な傑作だ。文句なしに面白い!

 舞台は未来の地球、ロボットに仕事を奪われた人間はロボットを憎み、宇宙市と呼ばれる街には政治的にも武力的にも協力な「宇宙人(地球から移民した地球人を先祖にもつ者たち)」が住み、ロボットと宇宙人に対する人々の不満が膨れ上がっているさなか、宇宙市で殺人事件が起こる。犯人は地球人だと目される中、宇宙人の要請により、地球の刑事イライジャ・ベイリはその捜査を任命される。宇宙人の要請には、ベイリの捜査に宇宙人が送り出したあるパートナーを伴うことも含まれていた。そのパートナーは、人間そっくりに作られたロボット、R(ロボット)・ダニール・オリヴァーだった。

 ……というあらすじからして、面白くならないわけがないぞこりゃ! SFミステリ、バディもの、パートナー人外、の三拍子揃ったら、そりゃもう祭りですよ!!

 ハヤカワ文庫での訳はかなり古いもののようで、SFも翻訳も読み慣れていない私にはかなり読みづらいものだった。(これは訳の質うんぬんではなく私の経験値の少なさによるものだと思う。が、望むなら続刊の訳を担当された小尾さんの新訳版が読みたい……!!)読みづらさもなんのその、謎を追う過程には牽引力があって、次々にページをめくった。飽きのこない展開にも胸が躍った。

 そしてなんといっても!ダニールとベイリのやりとりだ!最高!!ありがとう!!!オタクの語彙にならざるを得ない、マジで……。

 ダニールとベイリが出会ったばかりの噛み合わない会話が、ロボットと人間の違いを浮き彫りにさせていて、最高の最高の最高だった。もうこの時点でだいぶ満足してしまったのだが、その後高所へ飛び上がり銃で人間を威嚇したり、ダニールが腕をパカっと開いたり、胸を開いて胃袋を取り出したり、人ならざる腕力でベイリを抱えたり、ロボット人外好きの私には刺激の強すぎる展開が続いた。ダニールが何かするごとに、ヒプノシスマイクのアニメでラップ爆発に吹っ飛ばされるモブのようにウワァーーーッ!!と吹っ飛んでいた。終盤の謎解きにいく前に既に私はオーバーキル状態になっていた。

 ベイリが最初に「ダニール=サートン博士ではないか?」と告発した時、私は「ダニール!ロボットであることの証明だ!!腕を取れ!取れ!!」と念じていたのだが、証明のために腕を開いた時、期待の上を行かれて本を読みながらのけぞってしまった。最高……。

 この告発が始まった時が『鋼鉄都市』という物語にノレた瞬間だったと思う。気分はカリオストロの城でカーチェイスのドンパチに興じる次元大介だった。(「面白くなってきやがった!」)

 告発自体は間違っていたが、真相まで読んだ今思うと、ベイリはこの時すでに真相のしっぽは掴めていたのだ。さすが……。

 ベイリがダニールに対して(ほんの少しずつ、注意して見ないとわからないほどわずかに)愛着を抱いていく過程が本当に良くって、何か特別なイベントひとつがきっかけでそうなるわけではなく、共に過ごす時間が自然にそうさせているのも、本当に良かった。ダニールをもの扱いすることにためらいを覚え始めるベイリの描写が、とてもさりげなくて、いい。

 この三部作をミステリとして見たとき、謎のギミックとしては『鋼鉄都市』が三部作の中で一番ドラマチックで伏線の回収も爽快で、私好みだった。

 『鋼鉄都市』というタイトル、原語では『The Cave of Steel』となっていて、これを初めて見た時はなんとかっこいいタイトルだろう!と感嘆した。鋼鉄の洞窟! なんと洒落ていて、世界観をこれ以上なく的確に表すタイトルだろう。『鋼鉄都市』というタイトルに意義をはさみたいわけではない。ビルの立ち並ぶ都市を見慣れている今となっては、都市はだいたい鋼鉄なのだ。『cave』=『洞窟』のニュアンスが失われているのが少しばかり惜しい。ただ、この作品が最初に訳された年や時代性や語呂を考えると、確かに『鋼鉄都市』が妥当だとも思う。それに、『鋼鉄の洞窟』と直訳するのも確かに芸がない……かも?

 個人的なことだが、最近特殊設定ミステリに飢えていたので、そういった意味でも大大大満足の一冊だった。

 

***ちょっと気になったところ***

 ベイリの奥さんの書き方が悪すぎる気がする。都合上奥さんを書かなければいけないから書いている……という空気を感じ取ってしまった。ダニールの描写が生き生きしているぶんだけなおさら……。思えば、『黒後家蜘蛛の会』も女人禁制だ。まあ、得意分野は誰にでもある。

 

 

『はだかの太陽』

 二作目、訳は前作と同じかと思いきや、翻訳物をほぼ読まない私が名前を覚えている数少ない翻訳家、小尾芙佐さんだった!(『アルジャーノンに花束を』を読んだときの衝撃ははかりしれない)これを知った日はお祭り状態だった。好きな作家に、好きなキャラに、好きな翻訳家が勢ぞろいするなんてそうそうない。こんなに私に都合のいいことがあるのだろうか!?と偶然に感謝した。

 本当に……本当に読みやすかった……。原語の物語を日本語として違和感の無いかたちに再構成してくれた小尾さんの訳は、本当に読みやすく、ストレスなく読むことができた。

 ダニールとベイリの再会シーンも最高の最高の最高だった。ダニールを抱きしめたい衝動をこらえて握手をするベイリに、檻の中から『抱け!!抱けぇっ!!』と叫んだ(ノスタル爺)。ベイリの「覚えていてくれたのかい?」に対するダニールの受け答えが「ロボットは忘れるということができない」なのが……最高!!!!!!!人外してますねえ……

この再会シーンの描写がいちいちすさまじくて、この時点でKO寸前だった。「ほとんど愛にも等しい熱烈な友情に浸りきったこの狂おしい瞬間」って……なに……!?

 ここの「けっきょく、ひとは、このダニール・オリヴァーを友人として愛することはできないのだ。人間ではない、ロボットにすぎないものを。」という文章が、本当に大好きで大好きで。感情のないロボットに愛着を覚えている人間、の構図が切なくてたまらない。この後の『夜明けのロボット』を読んだあとだと別の意味で笑顔になってしまう。たまらん……。

 けっこうベイリが暴走(文字通り暴走)するので、そのたびにダニールくんがロボットパワーで止めに入ったり間に合わなくて介抱していて、途中からママに見えてきた。きかんぼうの赤ちゃん(ベイリ)と手を焼くママ(ダニール)。

 ベイリがカーテン開けようとしてダニールくんが慈愛のママの仕草でカーテンを取り上げるの本当に笑った。結局ベイリがカーテン引きちぎってダニールママに怒られちゃうんだけど。

 一巻の二人に比べて格段にやりとりが気安くて、ベイリからダニールに向けるまなざしも親愛を帯びたものになっていて、こちらとしてはありがとうと言う他ない。

***ちょっと気になった話***

 ミステリとしては……過程は面白かったけど、正直スッキリする幕引きではなかったな。一回目の謎解きが嘘で、嘘の犯人を告発し、その嘘の犯人を脅して嘘の自供をさせて自殺させるのもかなりスッキリしないのに、とどめに真犯人はおとがめなしで他の惑星に逃がすという……それはどうなの?? ミステリとしての爽快感を求めながら読んでいたので、かなり不満だったな……。

 あと序文で「本作はラブストーリーも混ぜた」とあって、誰のラブストーリーだろう、まあベイリは妻も子どももいるからベイリのではないだろうな……と思って読んだらベイリの話だったのでたまげた。それって浮気じゃん!の気持ちがずっとあったのでそこは最後まで乗れなかったな~。というか最初にラブストーリーと言われなければそう思わないで読んだのに!と思わなくもない。浮気なのに純愛風に書かれると素直にはしゃげない。奥さんとの恋愛結婚が前作で書かれているから余計に。そんでグレディアも良いヒロインかと言われればよくわからない。グレディアよりダニールに描写リソースが割かれている感じあるし……。女の人描くの気が乗らないのかもしれんね……。

 

 

『夜明けのロボット』

 これは本っっっ当に面白かった!『鋼鉄都市』も『はだかの太陽』も面白かったけど、前の二作の積み重ねが活きるストーリーだったので、興奮度も没入感も段違いだった。

 ダニールとベイリの「お互いへの慣れ」「友情」「信頼」「愛情」をずっと目の当たりにし続けて、Twitterで一行ごとに実況するいきおいだった。「萌え」ですよ!こんなの!!

 二人の再会がまず凄い。前作では「抱きしめたい衝動に駆られたけど、握手にとどめる」だったのが、「かたく抱きしめた」「いつまでも抱きしめていた」ですよ!!!!HAPPY END……これにはノスタル爺も成仏した。

 この再会のときの描写もね……すごくて……ベイリの喜びと懐旧と愛情とを描いたあとに、「ダニールが抱き返しているのは頭脳(陽電子ポテンシャル)が人間に喜びをあたえると判断したからだ」という事実をベイリが認識して「苦々しさ」を覚えるところ。ベイリがダニールに抱く親しみと、人間とロボットのあいだの隔絶と、それを苦々しく思うことのできるベイリの愛情が、このシーンに全部詰まっている……ううう~~~!!!!

 今作はベイリがダニールに対して友情を感じる描写だったり、ダニールがロボットであることを寂しく思う描写が顕著で、描写があるたびにたまらない気持ちになっていた。これも過去二作があるからこその関係性なんだよね……。

 ヴァジリアに対して、ベイリがダニールとの関係を「友情の絆で結ばれている」と言っていて、さ、最高!!になったし、その二行後に「われわれの愛の力」と言われたときは私の目がおかしくなったかと思った。愛? Power of Love? 友情の絆とは……愛とは……??私がヒューマンフォームロボットだったらこの瞬間に陽電子ポテンシャルが焼き切れている。愛の力ってなに!? 初対面のオーロラ人に対して……いったいなに!!??

 嵐のシーンも大好きだな……。ベイリを抱き寄せるダニール、ダニールを守りたくて逃がすベイリ、追っ手のロボットの大群を持ち前の頭脳で追い返すベイリ……。このシーンはぜひ映画で見たいですね。

 ソラリアでの事件のことがドラマになって全宇宙に放映されてるのほんとうに面白い。きっとベイリが独身刑事になって、グレディアとのロマンス描写も大いに脚色されているのだろうね……。

 ベイリの「尋問者に失礼な推論をぶつけ」て、「相手の反応を見て推論の採否を見当する」の尋問スタイルは、いつも立ち入った失礼なこと聞くなこいつ……と思って見ていたから、地球帰還さわぎになった時は正直それみたことか!と思ってしまった。まあアレは相手が相手だからベイリがいかに紳士的に出ても議会に上申が行ったんだろうな。

 あとグレディア、今回はすごく良かったな。ベイリの看病とダニールの保護を引き受けてくれたところはすごく心強かった。めちゃくちゃ赤裸々な性生活をめちゃくちゃ長い尺で喋っていたところはちょっとソワソワしてしまった。(ヴァジリアもグレミオニスもそうなんだけど。物語上必要不可欠な要素ではあったのでまあ納得はできるかな……それにしたって長かった気はする)

 あと今回のキーパーソン、もといキーロボットのジスカルド!もうね。好きですよこんなん。ベイリとのやりとりといい、頼もしい振る舞いといい、最後に明かされる彼の秘密といい、ロボット好きのツボをスッ……と的確におさえてくる。おそろしい子、ジスカルド……。ラストシーン、木の下で交わされたベイリとの会話で残る余韻がいい。ロケーションがドラマチックでなんというか映像映えする感じ。映画化してくれ。

 人間がロボットに抱く愛情(もしくは友情・愛着)についての掘り下げが読んでいて楽しかった。このシリーズにおいて、ロボットは一貫して「人間に限りなく似せることはできても、人間と同じ感情を持つことはできない」とはっきり描かれていて、そのルールに対して物語はずっと忠実だった。モノレールに乗るときみたいな、レールから外れずに目的地へ辿り着くことが目に見えてわかる安心感が常にあった。とはいえ、読んでいる時の心の動きはジェットコースターだったけど。

 特に今回はロボットをセックスパートナー(夫)とする女性も描かれていて、ちょっとドキドキしてしまった。『鋼鉄都市』でダニールの下半身も人間のように作られているという描写を見て、しかるべき機能も備わっているのだろうか……ということはちらっと考えたが、まさかそこを描かれるとは。

 ロボットの表情や仕草に感情を見いだすベイリがいいよねえ。愛情があって。それでいて、「ロボットにそういった感情を見いだすのは人間の勝手な都合、そうあってほしいという願望」ということに自覚的でもある。このバランス感が良い。一方通行ではあっても、盲目ではない。わきまえと、思いやりがある。

 ロボットは感情を持たない。人間はロボットに感情を見いだし、愛情を抱く。一方通行だけれど、そこには愛があるんだから、いいじゃない! そんな風に、ロボットへの愛をおおらかに肯定してくれるかのような、この作品の世界観が好きだ。

 ミステリとして見たときも、フーダニットとハウダニットが魅力的な謎で、解決編も爽快だった! 明かされる最後の謎も、大興奮!! 特殊設定ミステリの旨味を十二分に噛んで味わわせてもらった。

『夜明けのロボット』は1996年にハヤカワ文庫から発売したきり、絶版になっているもようだが、ぜひ、ぜひとも、復刊してほしい!!問い合わせメールを送ればいいのか……!?

 

 

おわりに

以上、三作品の感想文でした。

『夜明けのロボット』に総括っぽいことを書いたので総括はなし。第一、まだ残りの短編と長編を読んでないからね。楽しみだな~!!

エキサイトと限りない「萌え」を感じながら読書をする体験って、そうそう得られないものなので、本当に良い時間を過ごさせていただいた。読書ってサイコー!

ありがとう、ベイリ、ダニール、そしてアシモフ先生!